歴史をたどる温故知新の旅 第一回
昨年、主人が転移性の肝臓癌で、黄泉の国へ旅立ち、心の中にぽっかり
穴が空いた様な侘びしさ孤独感、主人と二人三脚で町工場を経営、
朝から晩まで毎日忙しい日々が、今はうそのように、静まりかえった毎日
更に侘びしさを感じます。主人とは、仕事、々の毎日で何処にも行けませんでした
主人の写真と一緒に、歴史の旅を始めました。
東海道五十三次の旅
日本橋基点に全八回の旅、京都三条大橋終点
第一回 日本橋=泉岳寺=品川宿=芝大神宮=六郷の渡し=川崎宿=
神奈川宿=保土ヶ谷宿=品濃坂(一里塚)=戸塚宿=
藤沢宿(1遍上人ゆかりの古刹・遊行寺)旧相模川橋脚=平塚宿=
大磯宿 第一回の終点
日本橋川の上にかかる橋 1603年に江戸幕府を開いた徳川家康の全国道路網整備計画に際し
架けられたもので、1604年には五街道の基点とされた
日本橋

里程標





穴が空いた様な侘びしさ孤独感、主人と二人三脚で町工場を経営、
朝から晩まで毎日忙しい日々が、今はうそのように、静まりかえった毎日
更に侘びしさを感じます。主人とは、仕事、々の毎日で何処にも行けませんでした
主人の写真と一緒に、歴史の旅を始めました。
東海道五十三次の旅
日本橋基点に全八回の旅、京都三条大橋終点
第一回 日本橋=泉岳寺=品川宿=芝大神宮=六郷の渡し=川崎宿=
神奈川宿=保土ヶ谷宿=品濃坂(一里塚)=戸塚宿=
藤沢宿(1遍上人ゆかりの古刹・遊行寺)旧相模川橋脚=平塚宿=
大磯宿 第一回の終点
日本橋川の上にかかる橋 1603年に江戸幕府を開いた徳川家康の全国道路網整備計画に際し
架けられたもので、1604年には五街道の基点とされた
日本橋

里程標





